昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

アヴィニョンの生徒たちードヴィヤリオ(続々)

(ファーブル書簡:ドヴィヤリオ宛て四通目)

親愛なる友へ

あなたは暇ですか?犯罪者は逮捕されてますか?どちらのケースかによって、私の

手紙を無視するか、読んで返信するかを決めて下さい。

ここに仕事のすべてを紹介します:

私の膜翅目の研究では、非常に不思議な結果が少しづつ得られています。私は母親が

自由にオスまたはメスの卵を産むことができると信じ始めています。性別によって量

が変化するエサの分配を見ていると、膜翅目は産もうとする卵の雌雄を自分の意思で

決めているという、驚くべき事実が浮かび上がってきます。

私はすでに多くの証拠を持っていますが、さらに多くの証拠を集めることを怠っては

なりません。カルパントラのスジハナバチと、捨てられた巣の中にいるツツハナバチ

は見事な証拠を提供してくれると確信しています。私は彼らの巣のいくつかを手に入

れて、家でしかできないようなゆったりとした注意深い調査をしたいと思います。

もし、あなたが私に協力してくれるなら、このように提案します。

去年の9月に私がしたように、つるはしを持って、私があなたと一緒に集めた高い土手

に行って、坑道と巣がある土の塊をいくつか取り壊して下さい。そして、その塊を古

新聞に包んで、できるだけたくさん送って下さい。箱いっぱいになっても、私には何

の支障もありません。

参考までにいくつか情報を紹介します。坑道の穴を開けるのはスジハナバチで、その

小部屋は底の方にはっきりと存在しています。その中には小さな穴が開いています。

この時、幼虫か完全な昆虫を見つけることができますが、スジハナバチは決して紡が

ないので、常に古い繭の残骸はありません。私が観察したいのはツツハナバチなので

20~30センチの深さに小部屋はあるはずです。ツツハナバチは坑道や古い使用済みの

部屋を土の壁で区切って、その中古の場所に一つずつ卵を産みます。赤みがかった

金色の毛皮を持つツツハナバチは、今では完全な状態で、カンラン石ほどの大きさの

しっかりとした茶色の繭に閉じこめられています。私が行おうとしている観察に適し

ているのは、この土の塊が繭を包んでいることです。この条件が満たされているか

どうかは、事前にざっと調べれば分かるでしょう。

特に緊急を要するのは、これらの小部屋と繭の分布を少しも乱してはならないという

ことです。なぜなら、それぞれの位置に私の問題に対する答えがあるからです。

最後に、できるだけ大きな土の塊は中身の多いことを確認したら、すぐに順序を乱す

ような分解や分割はしないで、そのままの状態で梱包して下さい。

このような仕事には、労働者が必要なことはよく理解しています。言うまでもなく

掘削、梱包、輸送の費用はすべて私の負担です。もし、あなたに休日があれば、この

採掘昆虫学に専念して頂ければ、私はたいへん助かります。もう一度言いますが、

試料を送ることを恐れないで下さい。

このレーグの丘での発掘の他に、もしあなたの善意を害するのを恐れずに言えば、

私は別のことを提案します。レーグの丘ではケアシスジハナバチが卵を産みます。

二番目の種のアトグロスジハナバチは、カルパントラの近くで発見されています。

その坑道は丸い彫刻が施された円筒形の前庭で、粘土製の鍾乳石のように斜面の外側

に垂れ下がっているのですぐに分かります。この時期、これらの前庭は雨天でひどく

損傷しているはずですが、その痕跡は容易に確認できます。カロンからベドアンへの

道が登っていく場所の左側、ユダヤ人墓地の上手に、玄関を持つこのスジハナバチが

巣を造っています。道に沿って進み、左手に土塁を探せば、私のハチの住居をすぐ

見つけることができるでしょう。もし、あなたがレーグのスジハナバチが造ったのと

同じ収穫をここで繰り返すことができれば、私の観察はかなり決定的なものになりま

す。もし、二重の調査を行うなら、私が二つの試料を混ぜてしまうことがないように

して下さい。これは私の切なる願いです。あなたにとって可能な範囲内で、この言葉

に耳を傾けて下さい。

あなたはアルマスで、あなたの目を引いた壮大な燭台であるバビロンのケンタウリー

の一部を求めていました。私はあなたに種を送ります。鉢に土を入れて蒔き、少し強

くなってから若い苗を植えて下さい。

敬具

セリニャン、1884年2月14日

N.B. 今から一か月後にはツツハナバチたちが宿舎を離れ始めるので、提案している

発掘作業には時間がありません。

注:

犯罪者は逮捕…:ドヴィヤリオは判事などの仕事をしていた。

Olivestone:橄欖(かんらん)石、ケイ酸塩鉱物、最も近い名を選択した。

レーグ:カルパントラにあり、観察によく使用した場所。

カロン:Caromb、カルパントラから北東に6キロ程にあるコミューン。

べドアン:Bédoin、同9キロ程にあるコミューン。ヴァントゥ山麓に位置する。

バビロン:紀元前18世紀、古代メソポタミアの王国。

Centaury:ベニバナセンブリ、胃腸薬として知られる。

 

この書簡ではドヴィヤリオにカルパントラからハチの巣の試料を送ってもらうように

依頼している。ここに出てくる産み分けのテーマは昆虫記第三巻16~20章にかけて詳

しく書かれている。どうやって母親は雌雄の産み分けをしているのか、ファーブルは

5章もかけ情熱を持ってその疑問に取り組んで実験をしていて、ファーブル好きの方

ならわくわくする部分かもしれない。この書簡にあるようにドヴィヤリオは試料を

たくさん送ったようで、研究への貢献度が高かったのだろう。昆虫記の中で弟子の

名前を挙げ称えている。

第三巻の最終章にあるが、産み分けに関連して高名な養蜂家が発見した単為生殖を

ファーブルはどうも受け入れられなかったようだ。母バチが貯蔵している精子を使わ

なければ雄が生まれるというのは、確かに初めて聞くと信じ難い話である。しかし、

第三巻の最後の方を読むとファーブルも認めざるを得ないと感じていたのか、珍しく

動揺しているような文言が続く。それにしても、ファーブルのドイツ系の人への毛嫌

いは度を越しているが、一体いつからそのような意識を持つようになったのだろう。

やはり1870年に起きた普仏戦争で痛い目にあったからだろうか。アヴィニョンを追わ

れて職を失い最も苦しい時期に、戦争で更に出版社との連絡も不自由になり、ミルに

助けられたとはいえ経済的困難に追い詰められたことは、決して忘れられなかったの

かもしれない。

そして、小生はこの第三巻20章の最後の部分が非常に気になっている。興味ある方は

ぜひ読んで頂きたい。いったいファーブルは何を思ってこの文を書いたのだろうか。

晩年のファーブルを除くと珍しい弱気な言い回しであり、「永いあいだの希望も消え

てしまった」とは一体どういう心境だったのか?注釈で推測されてはいるが、他にも

何か理由があったのではないか、これは小生にとって課題の一つである。

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膜翅目の雌雄産み分けの研究、1884年博物学年報 動物学に掲載。この二年後に

昆虫記第三巻が刊行されるが、第16~20章はこの論文を基に加筆し掲載されている。

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集英社版完訳ファーブル昆虫記第三巻18章261頁に相当する部分。

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同19章309頁相当部分、下から11行目右にドヴィヤリオの名が見える。