昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

ミル

ミルとファーブルの交流(続)

(ミルからファーブルへ) 1873年4月30日 ご丁寧な手紙をありがとうございました。 しかし、あなたの発見のおかげで、この地方にはまだ採集すべき貴重な種がたくさん あり、それらはすべて同時に成熟するわけではありませんので、この春、あなたと 一緒に採…

ミルとファーブルの交流

ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)はイギリスの功利主義者としても よく知られている。また、ファーブルが迫害されアヴィニョンを追われた時に、資金 を融通してくれたファーブルにとっては大恩人と言える。 借りた大金を後にファーブルは誠実…

閑話(7)ーミルと丹毒

ファーブルの恩人、イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの死因は丹毒 という病気だった。顔面という場所がわかりやすいので死因がはっきりしている。 (ファーブル伝 平凡社には水泡性丹毒と記載) 変わった病名だが、丹は赤いという意味があるので…

ジョン・スチュアート・ミル

ファーブルとの関わりの中で考えると最も有名な人物かもしれない。 哲学者、思想家、経済学者、東インド会社勤務、大学学長…肩書はいくらでもある。 静養を兼ねて1858年に南仏に来たがアヴィニョンで最愛の妻を亡くした。 妻ハリエット・テイラーはミルが抑…