昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

アヴィニョンの生徒たちードヴィヤリオ(続)

前回ブログに続きファーブルからドヴィヤリオ宛ての書簡を紹介する。他にも書簡は

あったはずだが、残っていないのか公開されておらず残念である。二通目以降の書簡

は一通目から三年ほど経過してしまっている。

(ファーブル書簡:ドヴィヤリオ宛て二通目)

親愛なる友へ

ヴォルテールに関するあなたの記事に感謝します。いつものようにとてもよく書けて

いますが、残念なことにあなたはあまりにも遅筆過ぎます。

私の実験はあなたを完全には納得させられなかったようですね。進化論の巨大な泡

(あぶく)がまだあなたを圧迫しています。もし私に余裕があれば、それにいくつか

の針を刺し、あなたがその完全な無意味さに気付くまで、もう少し縮ませたいもの

です。光を求めてやまないガリア気質を持つあなたが、そのような説をどうして真剣

に受け止めることができるでしょうか?これらの不健全な幻影は物事の先を見ること

ができないほど愚かなチュートン人やサクソン人に任せるべきです。

これはジョルジュ・サンドの言い方です。このような出処からの情報は、あなたの眼

からみてより権威あるものになるでしょう。

頑丈な土の城を造っている君のクモには大いに興味があります。ひさし付きの邸宅を

掘るトタテグモを除いて、それに匹敵するものを私は知りません。建物をその建築士

と一緒に私に送ってくれませんか?

私はドラグラーヴ氏に私の昆虫記をナケ氏に送るように書いています。ここには一冊

もありませんが、自分で送りたいと思っています。

あなたの家で私を待っているおもてなしのコートレットが、冷めてしまうのではない

かと心配です。仕事が私を圧倒しています。

あなたの献身的な友人

セリニャン 1883年3月30日

あなたの手紙を読み返していますが、私の記憶が間違っている一点について答える

ために、再び私の手紙を取り上げます。

あなたの説明によると、クモの巣はその住人のものではありません。それはトックリ

バチの古い巣で、その習性や能力については私の新昆虫記に詳しく書かれています。

本物の所有者は逃げてしまったので、クモは水冷式の家を利用しているのです。

私は放棄された巣をこのように利用した例をいくつか見つけました。

注:

ヴォルテール:18世紀フランス啓蒙思想

ガリア気質:ガリア人はフランスの祖先、エスプリに富み権威に逆らい、熱しやすく

冷めやすい特徴。ファーブルには愛国的発言も多い。

チュートン人:サクソン人ともにドイツ民族の祖先。ファーブルのドイツ嫌いはよく

知られている。

ジョルジュ・サンド:フランスの作家、書簡の様な発言は今の所確認できていないが

ファーブル同様に共和派を支持。

トタテグモ:巣の入り口に扉を付ける。

ナケ氏:カルパントラ出身の同名医師がいる。ファーブルはナケ氏宛てに自著を献呈

しているが、交流の詳細は不明。共和派で書簡当時は県の上院議員

コートレット:フランス料理、日本のカツレツの原型。

水冷式の家:トックリバチの巣が素焼きの水瓶様で気化熱で内部が冷える。

昆虫記第二巻5章「トックリバチの巣造り」参照。

 

(ファーブル書簡:ドヴィヤリオ宛て三通目)

親愛なる友へ

科学レビューに掲載された昆虫記に関する記事について私は何も知りません。コピー

を手に入れようと思いますが、私はあまり気にしないことにします。エルツェン氏は

ローザンヌの生理学教授です。彼は私に非常に長い手紙を書いてきましたが、二つの

理由から私は急いで返事を出しませんでした。第一に、彼の手紙を読んでいると理屈

を言っても無駄な狂人の匂いがしたからです。第二は、私は自分の書いたものに対す

る意見には、それが好意的なものであれ逆のものであれ、決して返事をしないことに

しています。私は自分の楽しい小さな道を進み、拍手や口笛を吹くギャラリーには

無関心です。真実を追求することが私の唯一の関心事なのです。私の観察結果に満足

できない人には、私が言っていないことを事実が言っているかどうか確認すること

から始めさせましょう。私の問題は極論では解決できません。忍耐強い研究こそが

それを少しでも解き明かすことができる唯一のものなのです。

エルツェン氏へのあなたの返信を見ると、私が彼の手紙をたいしたことではないと

判断したのはよく理解できます。ローザンヌ生理学者は、私が想像した以上に信じ

られません。本能を理性の最終形とみなすことは、進化論者が犯した最も素晴らしい

愚行の一つです。このような素晴らしい真珠がわれわれの手に落ちたことを嬉しく思

います。このような愚行は、将来、ダーウィンの考えに対して私たちを警戒させる

ことになるでしょう。あなたの気の利いた冗談は、これらの突拍子もない説には相応

しい反応でした。いくつかの些細な点を除いては、私はあなたの書いたものに何も手

を加えていません。あなたは専門家です。直接的にも間接的にも科学レビューとは何

の関係もありませんので、私はあなたの手紙を郵便に投函するだけにとどめています

が、きっと好意的に受け取ってもらえると思います。

エルツェン氏のこと、彼のブラックジョークと突飛なアイデアはもう十分です。

他の話をしましょう。先日、あなたが送ってくれた巣は、新たな調査に値すると思い

ました。私は細心の注意を払ってそれを開けました。その中には黄色の排泄物と思わ

れる少量の塵が含まれているだけでした。この小さな糞石の束はどこから来たので

しょう?私には分かりませんでした。しかし、私にはこの部屋は中古のものにしか

見えなかったことを付け加えるかもしれません。建物の他の部分とは不釣り合いな

大きなサイズの囲いが、私にそのような疑いを抱かせました。今の所、私はこれらを

ある膜翅目の昆虫の巣だと見ています。部屋を離れたか、あるいは寄生虫に食われた

かして、住居の中で第二の住人に取って代わられ、その仕事は石工のように裂け目を

塞ぐことに限られています。いずれにしても、この小さな住居の研究を進めなければ

なりません。もう少し探してみて下さい、きっとその日は来るでしょう。私はあなた

の捻挫がすぐに治り、そしてあなたがまた勉強を始め、あまり知られていない私たち

の地域の古生物学に大いに貢献してくれることを願っています。

敬具

セリニャン、1883年5月12日

注:

書簡からファーブルの強固な進化論反対の意思が見て取れる、また研究に対する姿勢

が分かる興味深い内容の書簡である。ドヴィヤリオは二通目の書簡では進化論に一定

の理解を示していたようだが、三通目を見ると師匠ファーブルの反対論に引っ張られ

ていたようだ。ファーブルに内容を確認してもらい進化論者のエルツェン教授に対し

反論の投稿をしている。

ファーブルは1879年に昆虫記第一巻、82年には第二巻を刊行し、はっきり進化論には

反対を表明している。82年にダーウィンは逝去しているので、これ以降は彼の理論を

信奉する研究者たちから、いつ攻撃を受けても不思議はない状況だったはずである。

小生はエルツェン教授がどんな書簡をファーブルに送ったのか、そしてドヴィヤリオ

がどんな返信をしたのか非常に興味を持っている。ファーブルは返信の内容について

ほとんど訂正しなかったと書いているので、逆に言えば自分は関係ない雑誌だと言い

つつも、弟子の論文を認めているのである。エルツェン教授に対して狂人扱いは可哀

そうなのだが、彼が絡んでくれたおかげで、ファーブルの進化論に対する考え方が

より明確になるかもしれない。これらの論文の掲載雑誌は何とか入手できたので、

順次取り上げていく予定にしている。

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