昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

「種の起原」への反発ークロトガリアナバチ

前回ブログで触れたが、「種の起原」にファーブルの名前が引用されている部分で、

タキテス・ニグラ(クロトガリアナバチ)についてダーウィンは以下のように言及

している。

”他のアナバチの巣に寄生するというこの虫の習性が、この種にとって有利であり、

横取りされたハチを絶滅に追い込むこともないなら、この一時的な習性は自然選択に

よって恒常的なものになると考えて差し支えない”

 

ファーブルは、この虫が巣を乗っ取る行動を生まれ持った本能と考えていたかは

わからない。しかし、ハチのあいだで食料が一致していることが、獲物の入手方法

について考えさせられると述べている。(完訳ファーブル昆虫記第一巻6章参照)

これはキバネアナバチとエサが同じで競合するため、乗っ取り行動は後天的に学習

した効率の良い獲物入手方法であるかと取れるような言いぶりだ。

 

ダーウィンの解釈だと、もともとはこの虫も類縁種のように普通に巣を作りエサも

保管していたはずで、この乗っ取り行動は一時的な習性として見られた行動だが、

この乗っ取るタイプが自然選択でより有利に生き残れば、こちらのタイプが子孫を

増やすので、乗っ取りがこの虫の一般的な行動になっていくということで、まさに

進化の過程と言える。

途中経過と考えたらよりわかりやすいでしょう、私の理論を使えばとてもうまく

解釈できるよ、などとダーウィンに言われている印象を受けるのである。

実際にファーブルも、同じトガリアナバチのハストガリアナバチは、やはり巣作り

するところを見ていないが、サキグロトガリアナバチは普通に獲物を捕らえ貯蔵

するのを観察している。通常捕獲から乗っ取り行動へと移行しうるかのような結果

であり、ダーウィンの理論を補強するような観察となっている。

 

ファーブルにしてみれば、自分の観察を勝手に引用された上に理論づけまでされ

面子を潰されたと感じたかもしれない。

自然選択理論の補完に利用されたことに若きファーブルが激怒したであろうことは

容易に想像できる。昆虫記第一巻でのダーウィン批判は、「種の起原」出版から

20年越しの反発も込めた出版だった。ただ、ファーブル先生は根に持つ性格という

よりは、当時非常に話題になった「種の起原」に対し、研究者として何としても

反論を述べておきたいという気持ちが強かったのではないだろうか。

 

ダーウィンのこの引用文の言葉の中で、習性という部分が小生には非常に気になる。

習性 habit と言われると生まれつきでない、後天的な行動という印象を持つ。

ファーブルもこのダーウィンの言い回しに対する反論を持っていたようだ。

種の起原」の中でダーウィンは後天的に習得したものも子孫に伝わることを

否定していない。”獲得形質の遺伝” と現代では言うようだが、遺伝学的には否定

されている。つまり、学習で得た後天的な能力は子に伝わらないのである。

ダーウィンも学習した能力の遺伝は主たるものではなくて、あくまで自然選択理論

が中心と述べている。当時としては”獲得形質の遺伝” は一般常識的な考え方だった

ので、ダーウィンも同じ様に考えていただけなのだが、ファーブルは後の昆虫記でも

この点に強く反対している。

しかし、昆虫記第一巻6章の最後で、昆虫は本能で統制されていて経験からは学ば

ないと思っていたが、苦い経験から学ぶことはあるとしており、学習による行動の

変化が見られる個体があると書いている。そして、ハチの能力に顕著な個体差があり

遺伝で伝わることも認めており、これはダーウィンの理論と相反しない結果である。

 

ファーブルは基本的に虫の行動は本能によるものだと言っているが、ではなぜ

そのような本能があるのかについては誰も説明できないとしている。

ダーウィンの自然選択理論はその点を解消しようとするものだ。

 変異によりいろんな個体差を持つ生物が生まれる。

 そして生物間での競争やその時の自然環境に対し、適応できたものがより選択

 され子孫を増やす。

一見、精緻に見える虫の体や行動もみなこの理論で説明可能というわけだ。

 

ファーブル自身は以下のように自分の研究が部分的であれ、ダーウィンの理論を

裏付ける結果になってしまっていることをどこまで意識していたのだろうか?

① 同じエサの競合から、他の巣を乗っ取るような習性を学習したと思われる個体が

  いること。

② 乗っ取られる方は巣の内部をまず確認してからエサを持ち込むという、対応した

  行動を取る習性を獲得しており、これが次世代へ遺伝されていること。

③ 明らかに優秀な個体と凡庸な個体がいて能力に差があること。

①は獲得形質の遺伝と捉えなくても、突然変異で現われた個体が他の仲間とは違った

乗っ取り行動を取り、これが有利なら自然選択され生き残るので、あたかも学習した

かのように見える。

②は巣の内部確認を行う種がより子孫を残せるなら確認しない種は絶える。確認行動

を発動できる能力を持った個体が出現すれば、自然選択され子孫に伝わる。

これが遺伝的な変異で生じた行動なら獲得形質の遺伝にはあたらない。

③は突然変異により遺伝子に差があれば個体差も生じる。その差により形態や行動の

変化が起こるため、自然選択が生じる余地が生まれ進化につながる。

 

ファーブル先生は昆虫記第二巻以降もダーウィンの理論に反発していくことになる。

この新昆虫学的回想録 (Nouveaux souvenirs entomologiques) は、第一巻刊行の3年後

の1882年12月に出版されているが、同年4月にダーウィンは逝去してもういない。

さて、ファーブルはダーウィンが残した理論にどうやってこれから反論していくの

だろうか。

 

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1855年パリ大学理学部提出ファーブル学位論文別刷、右上にナケ博士宛献呈サイン。

(残念ながら青表紙は破られサイン部分のみ貼付されている)

ナケ博士は特定できないが、カルパントラ出身の化学者でAlfred Naquet (1834~1916)

が同時代にいる。師弟関係などの関係性は不明。

1883年別人物宛てのファーブル書簡があり、そこにナケ氏に昆虫記を送る旨の記載が

みられるので、少なくとも1855~1883年頃にかけて交流は続いていたようだ。

ナケ氏は政治家でもありヴォクリューズ県の代表を務め共和派急進主義者だった。

ファーブルの政治信条はあまり知られてないが、共和派に共鳴していたようなので

一致する。王党派にも恩義を感じていたファーブルだから興味深いテーマなのだが、

政治的ポリシーについてはまた別の機会に触れたい。

 

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