アヴィニョンの生徒
ルグロ博士は外科医でありながら政治家でもあり、ファーブルの門下に入って1913年 には「ファーブル伝」を刊行している。また、ファーブルの終の棲家であるアルマス の保全に尽力したとされていて、ファーブルが後世に伝えられるにあたって、重要な 仕事をさ…
引き続き書簡を紹介する。 (ファーブルからボルドーヌへの書簡、ニ通目) 1913年9月18日、セリニャン 親愛なる友へ、 親切に送っていただいた美味しい葡萄の箱を無事に受け取りました。心からお礼を申 し上げます。あなたは私と再会することをとても楽しみ…
ルグロ博士のファーブル伝を読むと、コルシカ島から帰還後のアヴィニョン時代に ファーブルが特に親しくした生徒として三人の名前が出てくる。もちろんファーブル 先生は多くの生徒と関わったはずだが、一緒に昆虫観察などに出かけた間柄として 特に交流が深…
確定申告に手間取り、コロナの流行にあたふたし、映像を通してだが人間の愚かさを 見せつけられるに至っては、人間とはやはり救われないものなのかと、小生の抑鬱な 気分はますます強くなってしまった。ただ、ひとりで落ち込んでいても何が変わる わけでもな…
そもそも、ファーブルの知人のジュリアンが、なぜこのようなファーブルの書簡を 有名な雑誌に投稿したのかという疑問がある。前年がファーブル生誕百年だったこと もあって、ファーブルをより広く知ってもらおうとしたのかもしれないが、もっとも 大きなきっ…
(ファーブル書簡:ドヴィヤリオ宛て四通目) 親愛なる友へ あなたは暇ですか?犯罪者は逮捕されてますか?どちらのケースかによって、私の 手紙を無視するか、読んで返信するかを決めて下さい。 ここに仕事のすべてを紹介します: 私の膜翅目の研究では、非…
前回ブログに続きファーブルからドヴィヤリオ宛ての書簡を紹介する。他にも書簡は あったはずだが、残っていないのか公開されておらず残念である。二通目以降の書簡 は一通目から三年ほど経過してしまっている。 (ファーブル書簡:ドヴィヤリオ宛て二通目)…
昆虫記第一巻第1章スカラベ・サクレの冒頭は素晴らしい文章で、長い昆虫記の中 でも小生が好きな部分の一節である。 集英社版完訳ファーブル昆虫記第一巻上より以下に引用。 「ざっとこんな具合に話が進んでいった。私たちの人数は五人か六人、私がいちばん …