昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

ファーブル先生のあだ名

聞こえが良くないせいかあまり取り上げられないが、ファーブル先生の教員時代の

あだ名は「ハエ 」である。仏語で mouche と書く。

発音はかなり訛れば ムッシューとかムシ(虫)と聴こえなくもない。

Monsieur(mouche) Fabre  とでも陰口を叩かれていたのだろうか?

 

あだ名のきっかけはファーブルがハエを研究したことにもよるが、同僚が彼の評判に

対し抱いた嫉妬心が根本にある。教授資格をまだ持っていないファーブルが賞を取っ

たりするのだから、腹が立つのも無理はない。

それにしても、蠅氏ファーブルとはひどい、これでは昔のアメリカのSF映画に出て

くるハエ男を思い出してしまう。

 

しかし、ファーブルにも責任の一端はある。大の大人が地面に這いつくばっていて、

何時間も動かないこともあるのだから、いったいアイツは何をしているのだ?という

ふうに思われても仕方ない。

フランスで虫を研究することがそもそも珍しいし、日本のように昆虫も多くはいない

ので一般的に馴染みがない。そして観察のためとはいえ、あり得ないような姿を昼間

から晒しているのだから奇妙な行動に映っただろう。

一般人が見れば立派な「変人」、さらに糞コロガシでも観察していようものなら、

いよいよ「ハエ男」と呼ばれかねない。

 

兎の眼」という小説にハエを飼う子供が出てくる。そのハエ博士と新任教師の交流

から大きく話は展開していくのだが、一般的にはハエはゴキブリと並んで嫌われる

生物の代表格だ。病気を媒介することもあるので嫌われても止むを得ないが、

このハエのおかげで生物の死骸など処分されるのだから全て悪者とも言えない。

 

先日、奥本先生がラジオで「ハエと飛行機はどっちが優れているのか?」という話を

されていた。人間は飛行機を作れるが、この小さな嫌われものを決して創り出すこと

は出来ないのである。

したがって「ハエ」と揶揄されたところでファーブル先生は何とも思わないだろう

し、むしろハエの身体能力をよく知る人にとっては褒め言葉であったかもしれない。

 

この二枚翅の飛翔能力を知って、いったい誰が創造したのかと考えるのは当然の

ことだ。ファーブルは ”類いまれな観察者” であったからこそ、自然界のあちこちに

見ることができるこの神の御業を充分に承知していた。そしてそこに自身が信ずる

神の存在を意識していたのではなかろうか。

自然界など全てを包含するような存在としての神を。

 

ファーブルの宗教観は興味深い部分である。神も来世も信じていたが、キリスト教

ではなく汎神論に近いようだ。八百万の神々でもない、一神教的だが人格神でなく、

全てが神に含まれる一元論的汎神論で、哲学者スピノザの考え方に近いように

思える。小生の勉強不足もあってまだ結論は出ないが、このファーブルの宗教観は

資料を交え今後も考えていきたいと思っている。

 

ルグロ博士のファーブル伝には、ファーブルの戸惑いも書かれている。

つまり、もし神の定めにこの世が従っているのなら、なぜ残酷な食物連鎖のシステム

があるのか?という疑問だ。ファーブルはこのような世界は不完全な状態であると

考えていたようだが、それでは神を否定することになってしまう。

 

この問題については、ある教養高い人物との会話でファーブルも少し気持ちが晴れた

という話が伝わっている。

つまり必要悪を見せつけられることで、我々が自分を正しく振り返り、愛と憐れみと

忍従をいっそう育むことになるという理由づけだ。

小生はあまり納得出来ないでいるが、ファーブルはこの考えを気に入っていた

ようだ。

 

普通なら嫌われるこのハエを研究した人は結構いる。

ここでもデュフールが挙げられるが、ファーブルもまた昆虫記第10巻16~17章で

ミヤマクロバエを研究している。

 

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1846年デュフール著「ハエの解剖学的及び生理学的研究」ニクバエの解剖図版。

 

精密だが一般的にこの時代の図版の印刷は銅板技術なのだろうか?

著者の腕の良し悪しが、どのくらい添付の図版に反映されるのか小生は承知して

いない。以前のブログでは、単純にファーブルとデュフールの図版の出来を比較

した。図版の優劣はやはり元になった著者の作画レベルによるのか?

それとも図版制作者の腕次第なのだろうか…。

 

兎の眼 (角川つばさ文庫)

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蠅たちの隠された生活 (大英自然史博物館シリーズ)

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ハエ学―多様な生活と謎を探る

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完訳ファーブル昆虫記 第10巻 下

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