昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

閑話(9)-惨敗記その他

昨年は新型肺炎に席巻され特別な年だった。今後、人類が生きていくかぎりこの厄災

のことは伝えられていくことになる。そして、今年もまたどうなっていくのか誰にも

わからない。ワクチンが行きわたれば、今ほどの被害は減っていくだろうが安心は

できない。何しろウイルス相手だから、大きく変異してしまう可能性があるのだ。

どうせ変異するなら、弱い方に変わってくれると助かる。感染力は非常に強いが、

致死率は低くなるというのが最も有難い。可能性はあるはずで、なぜならそれの方が

ウイルスもより長く生き延びていけるからである。そして、そうなればもう風邪の

ウイルスと大差はなくなってしまう。

 

こんな中、不謹慎な話だが、一般的に不景気で厳しい生活状況であるほど、古書世界

では良品が出てくる可能性があると小生は勝手に思っている。

しかし昨年は日本の古書市場は閉まっていたことが多かったようなので、良いものが

発見されたかは知らない。海外でもオークションは、やはり例年に比べると少なかっ

た印象で、この調子ではさすがに参加する機会はないだろうと思っていたのだが、

ファーブルに関してはそうならなかった。ファーブルの重要原稿・書簡などが一度に

もちろんフランスで出品されたのである。

オークションで原稿が出ることはあるが、普通は単発が多い。ファーブルの括りで

多くの資料が一度に出るというのは小生は初めて見た。開催の一ヶ月以上前から告知

されていたので、当然小生はそのオークションを承知していた。フランス在住の知人

からもわざわざ連絡があり、小生に落札して欲しいようであった。

 

内容は教科書の原稿も多く出ていたが、それだけでなくコルシカ島時代の未刊原稿、

息子エミールへの書簡、タンドン教授からの書簡、懇意の植物学者との書簡など、

小生も欲しいものばかりだった。ただし、昆虫記の原稿は含まれず、キノコの水彩画

もなし、野外観察ノートもなかった。

いったい誰の所有だったものか、小生は非常に興味があったがもちろん分からない。

一昨年逝去されたファーブル研究で有名なドランジュ博士のものは、資料館に入って

いるので、博士が他にもこれほど残していたとは思われない。そうなるとファーブル

の子供ポールの系列の方か曾孫のストヤノヴィッチさんの遺品だったのだろうか。

 

肝心のオークションは、結果から言うと惨敗だった。これだけ負けるのも珍しい、

惨憺たる結果。一生のうちに何度も遭遇できるものではないと思い、かなり無理した

額で入札したがほぼ全敗。普通なら落とせるはずだが結果を見てびっくり…

かろうじて2点のみ抑えることができたが、最も欲しかった資料はみなアウト。

しかし、悔いても仕方がない。納得のいく額で入札はしたのでそれで落とせなければ

自分の力不足ということである。以前もブログで書いたが、オークションを見落とし

入札に参加できなかったときが最も悔いが残る場合なのだ。参加して敗れたのなら

悔いはないと思わなくてはいけない。

 

小生が落札できた2点については落札金額は通知された。比較的人気がないだろうな

という2点だったが、それにしても思ったよりも安かった。落札を逃した品の入札額

よりもずっと安いのだが、ではなぜ他のものをほとんど逃したのか、今も理由は全く

分からないでいる。

可能性としては、もちろん懐にゆとりあるファーブルマニアが落札したかもしれな

いが、自然史博物館など公的機関が手を挙げたのではないかと小生は思っている。

フランスのルールでは、彼らが入手しようとすれば誰ももう落札することはかなわ

ない。しかしながら疑問も少し残る。もし彼らが入ってきたなら、なぜ小生が2点

のみだが落とせたのかということである。どうせならすべて持っていくはずだと思う

のだが…。まあ、公的機関なら数年後には一般公開されると思うので、その時には

はっきりするはずである。

落札できた資料はブログで紹介したいと思うが、実はいまだに到着していない。

そして、オークション全体の正式な落札結果も公表されていないという有り様だ。

結果を公表できないというのは、やはり博物館が介入したのかもしれない。

 

 (P.S)

前回ブログで岩波版昆虫記について書いた。

この岩波版出版についての経緯は、岡茂雄氏の著作に詳しく書かれているので触れて

おく。(本屋風情 昭和49年 平凡社刊 22章 参照)

岡氏は有名な書店主、出版人だった方である。これによると、山田吉彦いわく

小泉丹さんから昭和4年頃に、昆虫記を岩波文庫から出すことを勧められたが、

以前から、山内義雄、小牧近江、宮島資夫らと別の出版社から出す話になっていて、

どちらからが良いものだろう、といった内容を岡氏に相談するといった話が紹介され

ている。岩波に決めたことで山田は宮島に殴られたとあり、他に岡、宮島両氏のやり

とりなども興味深いのでぜひ読んでみて下さい。

この書籍には他に南方熊楠との話などもあり、古い出版だがお勧めしたい。

 

ちなみに、小牧、宮島の名前は昆虫記との関連では、昭和4~5年、アルス社出版の

"ファブル科学知識全集"の訳者の中にみられる。(この全集の原典は昆虫記ではなく

引用元が不明なのだが、ファーブルの教科書などがベースのようだ)

宮島らは昆虫記そのものでなく、原典を別にとって昆虫記とは異なるファーブルの

著作の出版に路線を変更したということかもしれない。

結局その後、宮島は訳者に入っていないが、アルス社から昆虫記を訳した "ファブル

昆虫記" が昭和5~6年に刊行される。前回ブログで、このファブル昆虫記のことを

山田は岩波版の中で批判したのかと小生は思って書いたが、宮島とのいざこざを読む

と "ファブル科学知識全集" の方を山田は批判していたのかもしれない。

小生は以前のブログでこの科学知識全集の一部を引用させてもらったので、非常に

感謝しているのだが、この全集附属の月報など見るとかなり全集出版を自讃している

と取られかねない内容の文もあり、もし山田が読んでいたなら、さぞかしイラついた

ことだろうということは想像できる。

 

小牧近江(おうみ)については、叢文閣出版の昆虫記翻訳に参加しており、宮嶋資夫

(すけお)は、大杉栄との関連で触れなくてはならない人物だが、また別の機会に述べ

たいと思う。

 

本屋風情 (角川ソフィア文庫)

本屋風情 (角川ソフィア文庫)

  • 作者:岡 茂雄
  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: 文庫