昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

フランシス・ゴルトンー天才と遺伝

どんどんファーブルから離れているが仕方がない。ファーブルとダーウィンは切り

離せないのでもう少し続けたい。

フランシス・ゴルトン(人類学者・統計学者、イギリス人、ダーウィンの従弟、

生没1822~1911年でファーブルと同世代)について前回も触れたが、代表する著作に

「天才と遺伝」1869年がある。原文は "Hereditary genius" なので、岡本春一先生の

著作にあるように「遺伝的天才」という訳の方が正しいのかもしれない。

(フランシス・ゴールトンの研究 1987年 ナカニシヤ出版)

大正5年に早稲田大学出版部から原口鶴子訳で刊行、また昭和10年には岩波文庫

甘粕石介(せきすけ)訳で出版されている。いずれも絶版で入手難なのが残念だ。

 

ゴルトンは政治家、軍人、科学者、詩人、音楽家等いくつかの職種から優秀な人物を

選び、その親族にもまた有能な人材が多いということから、遺伝的に才能は受け継が

れることを示した。ただし対象者を選択する基準は非常に難しい。いったい何を基準

にして天才を選び出すのか?歴史上の人物なら知能テストをするわけにもいかない。

そもそも知能テストも無い時代だし、そのテストも必ずしも天才を選び出せるわけ

でもないらしいのである。天才と言われるには、高い創造性が要求されるようだ。

 

そこで、ゴルトンは著書の中で、eminent と illustrious なる言葉を使用している。

甘粕訳ではそれぞれ、抜群と絶群。原口訳では、超凡と不世出と訳されている。

eminent は一般の英和辞書では、著名な・卓越したとあり、illustrious は傑出したと

いう意味だ。抜群は4000人につき1名の者しか到達できない地点にある仕事をなし遂

げた人物で、絶群は国葬にされ歴史に名を残す100万人に1人くらいの人物だという

ことだ。特に高い名声を得た人たちをゴルトンは基準にしたようで、これは少なく

とも一つの事柄に、特別秀でた力を示せないと名声は得られないということが根拠

になっている。

 

いったい天才とは何だろうか?すぐにわれわれは "○○の天才" というように呼称して

しまうが、身近にそんな特殊な才能を持つ人はいなかったので小生は実感できない。

以前はIQ 140 以上とか基準らしきものがあったが、必ずしも相関はしないようだ。

しかし、優秀な家系に有能な人が多いのは何となく理解はできる。受験勉強をして

いて友人にそのような人もいたからだ。悔しい思いもずいぶんしたが、最後の方は

諦め気分だった、逆立ちしても敵わないのだから仕方ないのである。

 

ダーウィンの祖父のエラズマスも著書内でリストアップされている。ダーウィン

の系列には優秀な人が多いので当然だろう。

しかし天才は突然出現するような印象はある。モーツァルトベートーヴェンの親は

音楽関係者だし、アインシュタインの父も数学好きだったから遺伝はあったのだろう

が、急に出現した感は否めない、そしてその子供は親を超えることはなかった。

秀才レベルを超える特殊な能力を持つ人は生物的には突然変異なのだろうか。

精神疾患の合併率も高いという報告があって、何かに特別秀でる才能を持てば、凡人

とは違った脳になるということかもしれない。

イタリアの有名な精神科医ロンブローゾの英訳版を辻潤が訳した「天才論」大正3年

植竹書院刊では、エラズマス・ダーウィン言語障害や彼の息子の精神疾患に言及

している。また、宮城音弥著「天才」岩波新書では、ゴルトン自身も精神疾患を持っ

ていたことが指摘されていて、ダーウィンも伝記を読めばずっと神経症のような症状

に悩まされていたことがわかる。

 

ゴルトンの統計研究では、ある集団の形質など調べて行くと、世代が進む毎に徐々に

その特徴は平均レベルに回帰していくということが発見されている。

例えば大きな身長の親同士から大きめの子供は生まれるが、親を超えることはなく、

その子孫は徐々にその種の平均身長に近づくということだ。そのまま受け取ると、

優秀な子供ができても代が進むにつれてみな凡人になっていくということになる。

この平均回帰を進化論にも応用すると、では生物の種は決して新しい種を生み出さ

ないということになる。少しずつ形態など変化し、それが大きな変化につながって

新しい種が生まれるという漸進説は否定的だ。つまり同種内で少々違った性質を持っ

たものがいても、いずれ平均的なレベルに戻ってしまうということだ。

このことから、新しい種が生まれるには、突然変異的に新しい形質を持ったものが

出現しないと難しいということになる。そして、この変化が周囲に適応できていれば

この集団が新しい種としてまた別のグループを形成していくことになる。

ゴルトンはこの突然変異説を実際にこの著作の中でも主張している。

(メンデル評価以後は漸進説は一般に認められているが、ここではゴルトンの記載

に従う)

 

天才と言われる人々はこの突然変異レベルなのか、単なる同種内で見られる環境が

影響を及ぼした個体差の範疇(彷徨変異)なのだろうか?

小生の勝手な感想では、天才レベルでも後者の範疇ではないかと思っている。

同じ種内の最高レベルにあるが、種を超えるほどの能力とまでは言えないと思う。

では種を超える能力とはどんなものだろうか?

大きく形態や能力が変化するわけだから、数メートルジャンプできるとか、ずっと潜

れるとかなら分かりやすい。今以上に大脳が肥大し、言葉以外で相手に思いを伝えら

れるとか、予知能力が発現するとか、そんな能力でもあれば別種だろうが、大脳の

これ以上の肥大は出産リスクが増し淘汰されかねないので、サイズはそのままで神経

回路の変化が求められる。

しかし、何だかそんな超人類のことを考えていても決して楽しい気分にはならない、

われわれ旧い人間はすぐに駆逐、淘汰されそうに思えるからである。

 

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 「天才と遺伝」を邦訳した原口鶴子著「楽しき思ひ出」大正4年 春秋社書店刊、

米国留学時代の思い出をまとめた作品。

祝御誕生日? 正太郎?鶴子のサイン、左上部に1915年6月3日の書き込みがある。

原口鶴子は1915年9月26日に29歳で逝去、真筆なら献呈は伊東で病気療養中の頃か。

体調不良に拘らず贈るならかなり親しい人だろうが、サインの人物名や経緯は不明。

経歴については「原口鶴子 女性心理学者の先駆」荻野いずみ編 1983年 銀河書房に

詳しい。またDVDも出ていて参考になった。

 

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