昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

閑話(8)ー大杉栄の献呈本

大杉栄はファーブルに興味を持ち、昆虫記という題をつけ翻訳した。

小生のようなファーブルマニアとしては、もちろん大杉の資料にも興味を持って

いるが、なかなか市場に出ることがないのが残念である。

当時は書簡にしても保管して見つかることでもあれば、官憲から取り調べられ監視の

対象にされることがあり、残してはおけなかったようだ。

大杉栄書簡集 大杉豊編 土曜社 解説参照)

 

しばらく前に、大杉の「獄中記」大正8年刊を購入する際に、サイン入りとなって

いるものを見かけた。大杉の直筆は特に珍しいし、画像掲載もないので偽物かな?

と頭をよぎったが、問い合わせている余裕はなかったので購入した。

 

楽しみにしていた肝心の本は函が失われ本体も傷みが強い。

表紙を開くと左側頁に相手の名と下の方に栄というサインは確かにあった。

大杉栄の筆跡は意外と小さくスマートな印象で、漢字の右にはねる部分が髭の様に

ピンと右上がりになるのが特徴的だ。

どうやら真筆らしいのだが、相手の名が読めず思い当たる人もいなかったので、

そのまま数年放置していた。

よくみれば大石七分兄(兄(けい)は敬称)と書かれているのだが、七がかすれて

平仮名の "し" に見えてしまったのと、大石という名前がわかっても思い当たる人が

浮かばないという、小生の残念な知識不足が放置の原因である。

 

大石七分(しちぶん)は、新約聖書の殉教者ステファノ(スティーブン)由来の名

で、クリスチャンの父親が命名した。長兄に西村伊作文化学院創立者)がいて、

大逆事件で処刑された医師大石誠之助の甥にあたる。

大石七分は大杉とは親しく、特に大杉は金銭面でしばしば世話になっている。

大正5年に宿賃の払えなくなった大杉は、伊藤野枝と共に大石七分の紹介によって、

菊富士ホテルに移動している。

大杉がフランス滞在中も、セーヌ河傍の学生街(カルチェラタン)に住んでいた

大石のところにお金を借りに行っていたという。

もちろん借りるばかりではなく、大石が発行人になり創刊した「民衆の芸術」という

文芸雑誌の編集、寄稿などでは大杉も協力している。

 

大杉栄と周囲を取り巻く方々について、女性関係も含め非常に興味深いのだが

これはまた別の機会に触れたいと思っている。

大杉栄と大石七分の関係性は以下の書籍を参考にした。

 日録・大杉栄伝 大杉豊著ー著者は大杉の甥の方で内容も詳しい。 

 本郷菊富士ホテル 近藤富枝著ー七分の写真も掲載されている。

 日本的風土をはみ出した男 松本伸夫著ー日本脱出中の大杉の足跡。

 

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「獄中記」 大正8年春陽堂 大石七分兄 栄 とある。

右下に消した跡があるが今のところ解読できていない。

大石は(1890~1959年) 大杉の5歳下になる。

兄伊作と共に絵の才能があり、兄の絵は軽井沢ルヴァン美術館に展示されている。

 

大杉栄訳 ファーブル昆虫記

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大杉栄獄中記 (大杉栄ペーパーバック)

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  • 作者:大杉 栄
  • 発売日: 2012/04/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  

日録・大杉栄伝

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  • 作者:大杉 豊
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  • メディア: 単行本
 

  

本郷菊富士ホテル (中公文庫 (こ21-1))

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  • 作者:近藤 富枝
  • 発売日: 1983/04/10
  • メディア: 文庫
 

  

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄
 

  

きれいな風貌―西村伊作伝―

きれいな風貌―西村伊作伝―