昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

ワクチン( 種痘 )ー未刊原稿より

「 ワクチン( 種痘 ) 」

私たちは予防接種をして天然痘に備える

 

今頃知ったと思うことはない、天然痘の伝播を防ぐというのは、自分の家庭内で

天然痘が発生したとき誰も無視することはできない、とても大事なことだ。

発生しただけでもすでに深刻なのだから、私たちは無頓着な態度でこの事態を

悪化させることのないようにしなくてはならない。

これから起こることに注意しよう、そして、もし私たちのうちの誰か一人がこの

害にあったら、闘うことはできなくても、少なくとも他の人を守るようにしよう、

私たちにはそれはできるのだから。

 

予防策が知られるようになった段階では、私たちがそれぞれ自分の身を守り、

天然痘が攻撃してこないようにするのはさらに良いと言えるが、この予防策は

もう長い間有効であると証明されているのだ!もし天然痘が私たちに何の悪さ

もしないということになれば、危機は消滅したと言えるだろう。最近村長が発表

させたのはこの慎重な勧告だ。

 

母親たちは子供たちを予防接種をする医者のところに連れて行った。

そこではランセットの先で2~3度子供たちの腕に小さな刺し傷をつくるのだが、

ほとんど痛みは感じない。そしてそれで十分なんだ。ちょっと気分が悪くなる時

があるが、その後これらの子供たちは将来やって来る危機を避けられるだろう。

彼らの愛らしい顔が忌まわしい害悪で赤くなることもないだろうし、幼少である

にも拘らずお構いなく攻撃してくる怖い病気に晒されることもないだろう。

その丸く花が咲いたような頬っぺたに、母親たちを絶望に陥れる貪欲なカサブタ

が現れることもないのだ。それは一時的な軽い病状を伴うものであるが。

 

おお!そうなんですか!とポールは言った。私は小さい頃、例の予防注射を受け

ましたが、他の人が私のために考えてくれたことにとても満足です。

しかし、教えてください、なぜこのような事をお医者さんがやるのでしょう。

もし腕に刺し傷をつくるだけで足りるのであれば、それぞれが針の先を使って

出来ると思いますが。

 

予防的刺し傷は君が考えているほど、簡単なことじゃないんだ。

医者のランセットは先端に、ワクチンと呼ばれる粘着性の液体を数滴含んでいる。

まさにこの液体が君の血と混ざって、または接種されてとも言うが、君を天然痘から

守ってくれるのだ。刺し傷はこの液体が血に届くまでの道筋をつけるに過ぎない。

しかし、ワクチンは誰もが手に入れられるものではないのだ。その上これは、とても

活性的な性格上、慣れているうえに慎重な人の手で扱われなくてはいけない。

医者だけが緻密な操作のやり方を十分に知っているのだ。

 

このワクチンというのは何ですか?

 

ワクチンの歴史はいかにその由来が地味なものであるか、それに対して結果が最高に

素晴らしいものであるか、を私たちに示している。

私たちを天然痘から守ってくれるワクチンは牛舎から出て来たんだ。イギリス人は

牛痘と呼んでいるが、つまり牛の天然痘だが、乳房のあちこちにぽつぽつとできもの

が現れる。ほんの僅かでも手に擦り傷があると、牛痘に罹った牛の乳搾りをする

人たちも、すぐにこの病気に罹ってしまう。彼らの手は牛の乳房にあったのと同じ

できもので覆われたんだ。

そして、注目に値するのは、一度これに罹るとそれ以降天然痘に罹らない体質に

なったということだ。これがもう百年くらい前になるが、イギリスの牛があの有名

な医師ジェンナーに教えたことなんだ。

この基本的な事実を掴み、すべての牛舎から来た報告でそれが確認された時、

ジェンナーには天才的な考えがひらめいた。それは、ランセットの端っこに牛の

乳房上のできものの内容物をほんの少し取って、人間たちに接種した、つまり

とても軽い切り傷を通して体の中に注入したわけだ。

                             (続く)

注:ここでのワクチンは天然痘の予防接種のことで種痘を指す。

  ファーブルはワクチンが血と混ざって…と書いているが、皮膚に接種して

  免疫反応を起こすことで抵抗力が付くのだから間違った認識のようだ。

 

  ランセットは穿刺器具のこと。

 

  ジェンナーがワクチン研究を始めたのが1778年で発表は1798年

  百年くらい前に牛がジェンナーに教えたと書いているので、研究開始年だと

  すると1878年前後頃に書かれた原稿ということになる。

  (ただし、ジュール逝去及び体調を崩した1877~78年は除く)

   

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ファーブル未刊原稿「 ワクチン( 種痘 ) 」冒頭部分。

 

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