昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

天然痘ー未刊原稿より

ファーブルの未刊原稿の中から天然痘の記事を掲載する。

天然痘は今は馴染みの薄い感染症だが、感染力が強く直接攻撃できる薬も無いので

最強ウイルスの一つではないかと思われる。

この世に数えきれないほどのウイルスがあって、いったい最強とは何なのかと時々

考えてみるが、天然痘はその筆頭かもしれない。

他には、エボラ、黄熱病、鳥インフル、サーズ、狂犬病などがすぐに思いつく。

致死性の強いものが最強と言えるが、接触しなければ大丈夫なウイルスなら防ぎ

やすい。したがって、高病原性の鳥インフルのように人から人に飛沫感染する

可能性を持つものこそ最恐なのかもしれない。

ただあまりに強いと感染した相手も生きていけないので、侵入したウイルスも

際限なく拡がれなくなる。根絶するのが難しいという視点では、例えばエイズ

強くはないが生き延び拡がっていくという点からは、最強なのかもしれない。

 

さて、ファーブルの時代にもいろんな感染症があり天然痘も大きな問題であったが、

すでにイギリスの医師ジェンナーが18世紀末にワクチンを開発していた。

ファーブルもワクチン接種をしていたが天然痘に罹患してしまい、軽く済んだの

かもしれないが顔にあばた(瘢痕)を残し恨み言をよく洩らしていた。

天然痘患者の画像は載せないが、御覧になりたい方は " smallpox " で検索してみて

下さい。衝撃的な湿疹だが、逆に言うと非常に特徴的なので診断はつきやすい。

ワクチン接種が一般的になり駆逐されたが、天然痘がもっと弱いウイルスなら

根絶までに到らなかったはずで、あまりに強過ぎたがゆえの結果かもしれない。

(WHOで撲滅宣言が出されたが、テロ対策としてウイルスは保管されている)

 

天然痘

天然痘は伝染病の一つで、その細菌の萌芽によって次から次へと伝わり拡がって

いくのだ。

 

 細菌の話でより明らかになったので、私たちは元の話題に戻れるな。

天然痘は身体の異なった部分に出てくるが、特に顔面にまず赤い小さな斑点が

出る。次に黄色っぽい体液が詰まった濃胞またはできものが現れる。

体液は染み出てきて、その後乾きカサブタになるが、顔は嫌悪の念を催させる

ような状態になる。3~4週間の後にはカサブタが剥がれるが、その代わりに

顔には消せない傷跡、へこみ、皺、縫合線などが出来て、これは一生残る。

 

それが僕たちの隣人ルイに起こったんだ、とポールは言った。

この災いのため彼の顔には傷跡が残ったんです。

 

天然痘はもっと悪さをすることもできたんだ、というのはしばしばこの病気は

命を奪うからね。年寄りはあまりこの病気には罹らないが、成熟した年齢層は

対象になる。若者や子供が特に危ない。ただこの病気は同じ人に繰り返すこと

はない。つまり一度罹ったらその後二度と罹らないから、この病気に罹ったら

それからの生涯では心配から解放されるのだ。ルイは天然痘でひどいことに

なったが、これからはもう何のリスクもないのだよ。

 

 天然痘はとても「伝染力が強い」。

ほらまた君たちには新しい表現だ。まずこれの説明をしよう。

厳密に言えば、「伝染」とは接触のことだ、触るという動作や目立たない近隣

付き合い、頻繁な付き合いと関係している。その最初の特性を少し違えて言って

みると、伝染とは接触や共生など多少なりとも複雑な方法によって、すでに病気に

罹った人と新しく病気に罹る人の間をつなぐことで、病気の人から健康な人へ

うつって行くいくつかの病気のコミュニケーションを指す。

感染系の病気はこちらからあちらへ体を移し四方に繁殖を拡げていく。

たった一人の人が病気に罹ったとしても、予防対策が取られなかった場合、その人は

周囲のすべての人の健康を危ういものにするのだ。

 

しかし病気というものはどれもそうだが、健康を保つ秩序において、原因無しで

新しいトラブルが出るというわけではない、病気にはいつも原因があるのだ。

単なる一つの傷でも激しいショックや転倒や一撃を引き起こすことがある。

とすると、一人の人から他の人にうつっていく病気の原因になりうるのは何だろう?

ここには必ず悪いものを増やしたり四方に拡げたりする転移の要因があるのだ。

そして、最も多く見られ、最も恐ろしい伝染性の病気は、この上なく小さいものを

要因として持っていて、それが今まで話してきた細菌なのだ。

これら細菌は様々な悪の作用を一つの種から他の種へ引き起こすことに長けている。

ある一つのやり方から他のやり方まで用いて、ある病気の個体から健康な個体へ、

これら細菌やそれらの萌芽は病気をうつしていくわけだ。

 

三種類の違った方法で彼らは私たちに近づいて来れるのだ。

出血を伴う打ち傷、大したこともない刺し傷、もうそれだけで私たちの体内の

血と接触できるのだ。このようにしてハエの何でもなさそうな一刺しが、

私たちを重篤な状態にさせてしまう。

そのハエが…ある遺骸の上にとまって腹一杯食べ物を得た後では。

次の場所として、呼吸の常時の流れは私たちの鼻孔や肺の中に、感染の萌芽が

検知され得る空気中の埃をもたらすのだ。

最後は食べ物と特に水だが、これらは私たちを恐るべき寄生生物の侵入の前に

立たせることになる。

 

ではそれは天然痘をもたらす細菌なんですね、とポールは尋ねた。

それは私たちの顔を攻撃して顔面をカサブタで覆ってしまう、ちょうどメロンを

カビが覆ってしまうように。それは萌芽をまき散らしながら、一人から別な一人

へと害悪を拡げていくのですね。

 

まさしくそうだ。天然痘の萌芽はすべての見かけの状態に従って、患者の顔を覆う

カサブタの中に含まれている。その後乾いて粉状になって落ちるが、この時

カサブタは害悪の元凶を患者の周り、それは家々の空気だったり、患者の下着や

毛布や服の上にもだが、まき散らすのだ。同じく、患者との接触や接近、彼の衣類

や寝具の取り扱い、彼の寝室での滞在、それらは天然痘の侵入に晒される行為だ。

すでに天然痘に罹って免疫が出来ている場合やまたはワクチン予防している場合を

除いては。

それについて見てみよう。

 

 天然痘患者を看護する人も、自身は罹らなくても病気を伝染させることは可能だ

ということを忘れないでおこう。看護の人の服にしみ込んだ萌芽で病気は伝染され

るのだ。従ってこのような害悪がある家族を襲った時、かなりしっかりした予防策

が取られるべきなんだ。

天然痘患者は残りの家族全員から隔離されなくてはいけないし、この病気に罹り

やすい若者や子供は、どのような理由があろうとも患者に近づいてはいけないし、

患者の寝室に入ることがあってはならない。

 

ああ、だからなんだ、とポールは言った。ルイの病状がひどかった時、彼の弟は

村の他の地区にいる叔母さんのところに預けられました。可哀想にその子は自分の

家を離れるのやルイに会えなくなるのが辛くてすごく泣いていました。

でも聞き入れられなかった。

 

ご両親とすればそれしか方法がなかったのでしょう。彼らの二番目の息子に上の

息子の不幸がうつらないようにするためには、避けるということしか出来なかった。

この小さな追放者が自分の家に呼び戻されたのは、兄が病気から回復して、寝室、

着衣、寝具などが消毒された後でした。

 

寝室や着衣の消毒って?それは天然痘に罹った人の周囲にとっては良いことと

思えないけど?

 

君は私が言った言葉を誤解しているのではないかな。消毒とは、ここでは不愉快な

臭いを追い出したり消したりする意味ではないのだよ。

そうではなくて、壊滅させるまでは常に危険な細菌の萌芽を破壊するということだ。

これでは患者の寝具、服、寝室、家具、カーペット、壁紙など、とにかく彼を取り

巻くすべてが、いつも通りの埃と一緒に、天然痘の萌芽を含むことができるでは

ないか。伝染をきっぱりと断ち切るには、これら萌芽を殺菌の方法でもって撲滅

するのが不可欠なのだ。                    (続く)

 

注: 萌芽の意味がよくわからない。

  原文は "Les germes" で "細菌" となるが意味が取れない、芽とか根源の意味

  で萌芽にしているがすっきりしない。意味合いとしては本格的な感染症状を

  起こす前の、もっと数が少ない状態の集落(コロニー)を形成している段階を

  意味しているように思える。

  もしくは細菌は当時植物界に分類されていたので、細菌になる前の段階の

  ものを何か仮定していたのかもしれない。

     天然痘は細菌によるものではないが、当時は顕微鏡で見えないほどの小さな

  細菌もあると考えていたようだ。

 

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 ファーブル未刊原稿「天然痘」冒頭部分。