昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

細菌ー未刊原稿より

以前入手したファーブルの未刊原稿からテーマ別に少しづつ紹介したい。

一連の原稿は啓蒙的な内容で執筆していたようだが未刊となった理由は不明である。

ファーブルの教科書なども類書が増え売れなくなっていた頃かもしれない。

原稿の一部にはコミューンの記事等もあるので1870年代に書かれた可能性が高いが、

当時は紙不足で原稿の行間ももっと狭いはずである。

これらの未刊原稿ではまだ余裕のある書かれ方がされているので、70年代中~後半

あたりのものかもしれない。

 

「 細菌 」

植物の最後の序列にあるのは細菌で、これらはこの上もなく小さく活発だ。

腐敗や発酵を引き起こすことで、恐るべき病気の原因になる。

 

一日は実際のところ翌日になるところから大まかに言って始まるのだ。

カビよりはるかにそれ以下の規模で、と祖父はまた話をもどした。

植物の最後の序列にあるのは細菌で、これはこの上もなく小さく活発だ。

これらを端から端まで千の単位で繋いでいったとしても、その大部分は

1ミリメートルの長さに達するかどうかだ。顕微鏡で見るとそれらはあまり

動かず震えている光る点の集まりで卵形だったり丸みを帯びていたり、

そうかと思うと棒状の長いものだったり先端がコンマ状に曲がっていたりして

粘度の高い特徴を形作っている。これらはあちこちに存在しどれくらいの数に

なるか数えることができないほどだ。空気中にもいるし水中にもいるし

また土の中にもいる。腐敗した物質の中、動物の体内、私たち人間の中にも

いるのだ。すべてが細菌の居場所だ。

 

ポールはすでに考え込みがちになっていたが、カビは彼が今まで疑問に思って

いなかった異常な世界を思い起こすものになった。

すべてのもの、人間にまで存在するという、これら非常に小さいものはいったい

何なのだろう、彼らはこの世界で何をしているのだろう?

 

そうだね、と祖父は続けた。彼らは物事の秩序の中で何をしているのだろうか?

それでは言うが、彼らは大きな役割を果たしているのだよ。

二つほど例を挙げてみよう。

 

一匹の動物が命を落とすとする。その遺骸は腐敗するが、その腐敗したものを植物は

素早くとらえ、新しい命のあるものを作り出すのだ。猛烈な悪臭を放つ遺骸が、花や

果実や種や食物に変わるのだ。では、どんな働き者がこのような素晴らしい変化を

作ってくれるのだろうか?

それが細菌なんだ。彼らが死者を開拓して、生命を持つ素材に変えてくれるんだ。

自己増殖しつつ汚染しながら細菌は腐敗をもたらすのだが、この腐敗は生命という

仕事場の中に、再び取り戻すことができなかった物質を送り込むのだ。

細菌の働きなしには生命ある産物の誕生は不可能だろう。なぜなら、死の産物は

不完全なままでいるだろうから。

 

ますます考え込む様子で、ポールはよく話を聞こうと目を閉じた。自身の残骸を糧に

する生命や、死んでしまった物から花や果実という物質を作ろうとする開拓者に

ついての祖父の重大な話は、まだ波のように漂っているところはあるにしても、

彼に高い価値のある反応を抱かせた。

 

二番目の例としてワインを作るための仕事、ブドウ収穫を挙げよう。

ブドウ果汁というものは、君たちも忘れてはいないと思うが、自分自身で温度を

上げていき、泡立つようになり、炭酸ガスの大きな泡を吹き始め、そして最終的には

甘い香りが転じてワインの香りを放つようになる。

このような働きのことを私たちは発酵と呼んだ。

 

誰がこの働きを引き起こし、私たちにワインをくれるのだろうか?

これは酵母という名前で知られている細菌なんだ。酵母は食べ物を食べて

信じられないほどの割合で増殖するために、ブドウ果汁の糖を壊し量を二倍にして

アルコールと炭酸ガスに変えるが、アルコールは液体の中に残るのに対して、

炭酸ガスは大気中に蒸発してしまう。これがワインやビールやその他の発酵飲料の

製造方法の秘密だ。細菌の多くのバラエティに富んだ働きの中で、一方に発酵が

あり、もう一方に腐敗があるという訳だ。

 

この上なく小さいこれら二種類の破壊者たちは、糖からアルコールを作るものと

死骸をゴミとガスに変えるというものになるわけだが、次のような警告を私たちに

発しているのだ。つまり、他の細菌の中には私たちに依存して破壊活動を行って

いるものもあり、それらは恐ろしい病気の原因になりうるのだ、と。

これらの中の一つに天然痘を引き起こすものがあるが、天然痘は顔面を破壊するし

最悪君たちを殺すこともあるのだ。

 

こういう事ですね、とポールは言った。

私たちの目に見えてメロンを腐らせるカビは、顔面を攻撃し顕微鏡なしでは検知

されない細菌というものを私たちに分からせてくれるのですね。

とても小さいが十分に知られているものが、この上なく小さく検知されにくいもの

の情報を教えてくれるわけですね。

 

お祖父さんが言われていたように、カビの付いたメロンの一切れは重要な意味が

あるということですね。カビのおかげで僕は自分の目に映らないものについても

考えてみようという意識が出てきました。

 

それはまさに私が望んでいたことで、そのためにちょっと回り道したのだよ。

君たちは最初驚いていたようだが。

続けよう…

もう一つの細菌はコレラの原因となるものだ。

コレラは恐ろしい病気で聞くだけでも身震いする。

もう一つは腸チフスで、これも多くの犠牲者を出す。その他にもいくつもあって

それぞれがその特性によって害悪を引き起こすため、科学的記録は毎日増えていく

のだ。虫歯はひどく痛いものだが、細菌が原因。紫がかった大きなおできは

本当に苦しめられるものだが、これも細菌による。

こういう災難にはもううんざりだ。君たちにはわかるだろう、私たちのすべての敵

の中で、この上もなく小さいものが最も怖いものだ。

 

ほとんど見えるか見えない害虫がブドウ畑を破壊するのですが、これはブドウネアブ

ラムシ病で、すでにそのことを私たちに教えています、とアンドレは言った。

ところが今度は他の破壊者たちの出現ですね、彼らに比べると害虫は巨象のように

大きいです。彼らは私たちの体に大打撃を与えますね、ちょうど害虫がブドウの木を

攻撃するように。

 

細菌は至るところにいるのだ、大気によって、または水によって汚染の原因と

なるものが主に多くあるところに。病院の室内の空気には、屋外の大気中より

多くの細菌が含まれている。都市の大気中には、つまり私たちがひしめき合って

暮らしているところだが、ここには田舎の空気より多くの細菌が存在する。

低い平原の大気中には高い場所のそれより細菌の密度が高い。また、高い山の上

の大気中にはまったく細菌はいないのだ。

あそこにこそ、健康にこの上なく好ましい、無垢な空気があるのだ。

 

水はまた細菌がたくさんいる所で、特に排水溝の汚物で汚染されている場合は

そうなんだ。このような水の中には、一リットル中に一億個体という恐ろしい

数字のさまざまな細菌とそれらの萌芽がいるのだ。

全てが身体に有害というわけではないはずだ、まったく違うと思う、しかしこの

莫大なおびただしい細菌の中には、確かに恐るべきものもいるのだよ。

                               (以上)

 

原文の題は "Les Microbes" なので "微生物" という方が正しいかもしれない。

 微生物:目に見えないような小さな生物の総称。

     現代では細菌、真菌(酵母、カビ等)、ウイルスを含む。

ただし、カビは別にしてファーブルはこれらをみな細菌として捉えていたようだ。

 

微生物の当時の定義がはっきりしないので、分かりにくい原稿内容なのだが

19世紀末までは、まだ生物は植物界と動物界の二つのみに分けられていた(二界説)

ので、細菌はなんと植物界に属していた。

ファーブルは酵母も細菌と言っているが、現在は真菌に分類されカビの方が近い。

 

そしてカビが付いているようなメロンは腐敗が始まっているのだから、

目には見えないけれど細菌がたくさんいることを間接的に示しているのだという

ことが言いたいらしい。

天然痘にも言及しているがこれは細菌でなくウイルスが原因である。

ただし、ウイルスの存在がはっきりしたのは19世紀末なので、この原稿が書かれた

時は認識されていなかったはずだ。

ウイルスは細菌が通れないほどの小さなフィルターを通り抜ける病原微生物がいる

ということで徐々に理解され、実際にその姿が捉えられるのは電子顕微鏡が開発

された20世紀になってからになる。

したがって、ウイルスについては当時は顕微鏡でも見えないほどの小さな細菌が

いるといった考え方だったらしい。

 

細菌が植物という当時の感覚だと、死骸などが植物の一種である細菌によって分解

され、そこからまた植物が育ち美しい花や果実を結ぶということになる。

そういう捉え方なら尚更、食物連鎖・食物網のシステムは素晴らしいものだとなる

はずなのだが…。

以外なことに、ファーブル先生は必ずしもそう思わなかった。

食べて食べられるような世界は不完全であり、他者の命を奪わなくても生きていける

ような世界が理想であるべきで、もしこの世を神が創造したなら、なぜこのような

不完全なシステムにしたのかという疑問も持っていたようだ。

そして、そのような身体の縛りから解放された魂の世界の存在を固く信じており、

それをより高貴で理想の世界だと考えていたのである。

(ブログ:ファーブルと食物連鎖のこと 参照)

 

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ファーブル未刊原稿「細菌」冒頭部

 

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