昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

ファーブルの最初の教科書(続)

「農業化学基本講義」では、

空気、炭酸、植物の呼吸、水、土壌、肥料、燐、腐食土、石灰と泥灰、水引き、

排水、輪作など25章に及ぶ話題が化学的知識を交えてわかりやすく説明されている。

ただ個人的に最も興味を覚えたのは本の最後に加えられている「結論」という題の

文章だ。これも1925年版ではカットされているが、ファーブルが書いたと思えない

ほどキリスト教に寄り添った内容となっている。

 

よく考えてみれば聖書の創世記の章には神が天地を創造し万物を完成させたとある。

神が造った大地、自然と向き合う農業を化学的に人間が説明するというのは、

そもそも教会サイドに反発されかねない火種を含んでいたのではないだろうか?

そのあたりを十分踏まえたうえで「結論」部分でファーブルは教会へ配慮しつつ、

自身の信仰心も正直に書いたのだと思う。決して表面だけ取り繕う人ではないので

アヴィニョンを追い出される前は、キリスト教への信仰は薄いものではなかった

ことがうかがわれる。

 

アヴィニョンを追われた経緯は前にも触れたが、本の出版にすでにこれだけ気を

配っていたとすると講義でも注意を払っていたはずだ。クレームをつけられる

というのはカトリック側の教育改革への危機感がファーブルの想定を超えていた

ということになる。

しかし、ファーブルからすれば熱意をもって行っていた講義内容に文句をつけられ、

追い出しの口実にされるというのは許容しがたい事件だったはずだ。

その後、ファーブルがカトリック教会との疎遠からキリスト教への信仰も距離を

置くなり形を変えるなりしたとしても不思議ではない。

ファーブルの信仰については大きな問題なので、関連する資料を提示しながら

今後も少しづつ考えていきたいと考えている。

 

ファーブル博物記第6巻「発明家の仕事」岩波書店の中で松原秀一先生が

このカトリック教会への配慮、司教の認証という点について言及されていて、

感服するばかりである。

 

「農業化学基本講義」p.199~202 「結論」部分

経験に勝る学問はなし。優秀な農業従事者は畑の中で懸命に仕事をしてつくられる

ものだ。ある本がどんなに良い出来のものだとしても、それだけであなた方を

農業に通じた人にできるわけではない。まして身近にある基礎的概念だけ書かれた

本ならなおさらのことだ。本を読みながら、一方では農業という幾千にもわたる

技の集約と言える実技もやってみなければならないということだ。

それでは農業に関する本は何の役に立つのか?と思うだろう。

あなたが小麦を知ったのは本からではないはずだ。そう、それ以前にあなたは

小麦が何であるかを知っていた。いったい何回あなたは干し藁置き場で

はしゃいだことか。何回小麦の刈り入れ作業に微力ながら協力したことか。

しかしながら、あなたは小麦の茎の構成がどうなっているのか考えたことが

あっただろうか。

では本ではどう説明しているだろうか?本は学問が苦労して解明した詳細を

説明してくれた。この素晴らしい細目を前にして、あなたは神の手がいかに強力な

ものかを知っただろう。あなたはまた石炭の奇跡的とも言える変化の中に、

その大気から生物に、生物から大気にと繰り返す行き来の中に神の偉大さを

認めただろう。(中略)

つまりこの学問の中で私たちがやってみせた一つ一つの歩みに神の手がなす業の

凄さを知らされたということだ。神は不完全な私たちの感覚からすればヴェールを

まとっている。しかし、神はその創造物で自分の存在を示し、私たちはそれをより

深く知ることでますます神を崇める。もしこの本を読めば、あなたは神の創造物の

壮麗さを知ることができる。(中略)

どんなにひとりの人の体験が大きいとしても、すべての人たちの体験には敵わない。

ところが本というものはすべての人の体験の要約であり、それは実際仕事をする

人たちの記録である。したがってここから嬉しいヒントをくみ取ることができる

のだ。あなた方が成長して、牛を駆り立てる突き棒を手にして畑の畝を辛抱強く

牛たちと歩くとき、あなた方は若い時読んだ本を思い出すだろう、この本のことが

記憶に戻ってくるだろう。

その時またあなた方はこの本を取り出して読むことだろう、今度は成果を手にして。(以上)

 

ファーブルの配慮、信仰の他に生徒たちへ語りかけるような熱い思いが滲んでいる。

厳しくて怒りっぽい面もあるが、やっぱり良い先生だなぁ…と思う。

初版本への直筆サインは本を手にする生徒を思い、すべてに記入したものと確信

した。

 

発明家の仕事 (ファーブル博物記 6)

発明家の仕事 (ファーブル博物記 6)

 

  

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)

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