昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

ファーブルの疑問ーセネカの答え

ファーブルはこの世界に対する疑問を持っていた。

つまり、神がこの世を創ったのならなぜ災いや不幸があるのか?というものだ。

これは他の生物を糧にすることでしか生きられないような、不完全なシステムに

なぜ縛られているのか?という問いともリンクするように思える。

 

名前は伏せられているが、ある学者にファーブルはこの問いを投げかけている。

そして「われわれは試されているのだ」という答えにファーブルは満足気だった

という話が残っている。

小生はその答えにどうも満足できないでいる、ということは以前ブログに書いた。

 

最近、ファーブル先生のおかげでセネカの著作をよく読むようになったのだが、

この疑問に対する答えをセネカは述べていた。

それが「摂理について」という題の作品だ。

摂理という単語に小生は馴染みがなくてピンとこないのだが、茂手木元蔵訳では

「神慮について」という言葉になっている。

こちらの方が摂理よりは聞き覚えがある。

 

神慮ー神のみこころ、思し召し(おぼしめし)、神意(精選版日本国語大辞典より)

この神の御心がありながら、なぜ善人に災いが起きるのか?という問いかけで、

まさにファーブルが疑問に思っていたことと同じである。

 

岩波文庫「怒りについて」の中に幸い収められているので簡単に手に入れられる。

文庫の歴史は知らないのだが、比較的安価な値段でいろんな作品を読めるので、

日本人は恵まれているとつくづく感じる。

力強い文章なのでぜひ読んで頂きたいが、参考までに気になった部分に少しだけ

触れておく。

 

 神は善き者を甘やかしはしない。試練にかけ、鞏固(きょうこ)にする。

 

 絶えず逆境と格闘した者には、受けた不正で厚い皮が育ち、いかなる悪にも屈し

 ない。

 

 私は断ずる。君は不幸だ。不幸だったことが一度もないからだ…自分を知るには

 試験が要る。

 

 艱難(かんなん)こそ徳の機会である。

 

 私たちは神から、人間本性に耐えられる限界を試してみるにふさわしいと見込ま

 れたのだ。

 

 お前たちには、必ず常にあり続ける善を与えた。お前たちの幸せは、幸せが要ら

 ないことだ。

 

 死を学び取れ… 死は間近にある…魂の身体からの退去そのものが束の間のこと。

 いったいお前たちは恥ずかしくないのか。かくも速やかに終わることに長く

 戦(おのの)いて。

                (岩波文庫「怒りについて」兼利琢也訳参照)

ここでのセネカの言葉は力強く、非常にストア派的な考え方を思わせる。

晩年書かれたらしいので、セネカ自身に迫っている問題だったのかもしれない。

実際、教え子の皇帝ネロにより自死に追い込まれている。

 

ソクラテスプラトンに影響を受けているはずなのだが、この文では霊魂の不滅や

来世を思わせるような記述は見当たらない。

むしろ、あっという間のことなのだから死を恐れるなと言っている。

外的なものに左右されるのが最も良くないというストア派の生き方である。

 

冒頭に述べたファーブルの疑問に答えたある学者という方が、セネカの作品をベース

にしていたのかはわからない。

なぜなら、キリスト教でもこの試練というのはよく言われることだからである。

  試練にあった場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。

  信仰がためされることによって、忍耐が生み出されるからである。

  試練を耐え忍ぶ人はさいわいである。それを忍びとおしたなら、

  神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。

                       (新約聖書ヤコブの手紙より)

しかし、これはファーブルの宗教観とはかなり離れているので、学者との問答は

「摂理について」を念頭に置いたものだったように思う。

返答を聞きファーブルは満足気だったという話なので、セネカの教えを十分な答え

だと認めたことになる。

(まさかファーブルはセネカの答えを知っていて、その学者を試したのではない

と思うが…)

 

ファーブル先生ならこのストア的な厳しい文章の「摂理について」の中から

格言を選んでも良さそうなものである。

しかし、同じセネカの言葉でも、霊魂不滅や来世を思わせる文を選んだという

のは非常に印象深い。

意外にも思えるが、やはり真にファーブル先生を癒してきた言葉が墓石には

刻まれたということなのだろう。

 

怒りについて 他二篇 (岩波文庫)

怒りについて 他二篇 (岩波文庫)

 

 

怒りについて 他一篇(1980年) (岩波文庫)

怒りについて 他一篇(1980年) (岩波文庫)

 

 

セネカ哲学全集〈1〉倫理論集 I

セネカ哲学全集〈1〉倫理論集 I