昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

戦争ー未刊原稿より(2)

- 戦いの栄光について語れ!とアンドレは書いている。

このような "狂人" の言うことに耳を傾けてはいけない。

一人一人が自分の畑を作りキャベツや大根を栽培しよう、そして野心家が栄光を手

に入れるため一人旅に出れば、ありきたりの盗賊として出迎えられることだろう。

 

- もし皆があなたのように考えるなら、私の親愛なるアンドレ、信じようと信じまい

と征服者と戦利品は永遠に終わりを見るだろう。

しかし、残念なことに、このような魂の高揚、人間の尊厳や我が国の名誉に対する

感覚は、どこの国でも通用するものではない。顔につばを吐きかけられ、吹き飛ば

され、伍長に横切られるのを許している人々は、これらのことについて全く理解して

いない。さっき話したこの野蛮な本能が維持されているかどうか、一部の王室の狂人

によって称揚され、自分が最強だと思った瞬間から戦争のブリガン(強盗)が再び始ま

るのだ。

 

注:ファーブルが戦争について語った原稿がいくつかある。いずれも未刊のようなの

で、機会があれば紹介する予定である。

ファーブルの生きた時代にフランスが関わった戦争は、クリミア戦争普仏戦争

第一次世界大戦がある。クリミアではコルシカ時代の教え子が戦死している。普仏

戦争ではファーブルも経済的な影響を大きく受けたはずである。第一次世界大戦では

友人、近親者が従軍し負傷したりしていて、ファーブルは戦争の話になると興奮して

大きな憤りをあらわにしたことが伝えられている。

紹介したこの”戦争”というお話の中で20年前の戦争という言葉があるので、普仏戦争

のことを指しているようだ。したがって、この原稿は1890年頃に書かれたということ

になる。この戦争でナポレオン三世は捕虜になり、フランスは巨額の賠償金を支払い

アルザス・ロレーヌ地方はドイツに奪われている。

この原稿の後半部分は意味がわかりにくいのだが、先導する狂人の存在によって野蛮

な強奪という戦争が引き起こされると非難しているようにとれる。ファーブルの志向

する共和主義というものが、君主を持たず国民の代表者で国を治める共和制を目指す

ものであるなら、上からの言いなりにならないために、個々人がしっかりとした意識

を持つという心構えが必要であり、これが誤った道へ誘導されることを防ぐと述べて

いるようだ。ここでファーブルが言う狂人とは、具体的に普仏戦争当時のナポレオン

三世を主に指しているなら、ファーブルの三世への評価は極めて厳しいと言える。

その後のファーブルのドイツ嫌いを考えると、この敗戦によってファーブルが受けた

影響は、それほど大きいものだったのだろう。例えば現実的な話では、パリが包囲

されることで、原稿の受け渡しや出版、代金の受け取りが滞り、経済的に苦境にあっ

たのではないかと思われる。

ファーブルに対する我々の先入観で、勝手に戦争反対論者だろうと想像しがちだが、

100パーセント無条件に武器を捨てろと彼は言ってない。攻められれば武器を持って

戦えという現実的な意見を持っていたようだ。

また、ファーブルは反権力主義ではあるが、国までを否定しているわけではなく、

ニュアンスとして愛国的な考えを持っている印象があるのは、やや意外な気がする。

アルマスの田舎に引っ込み、人嫌いで独学を続けたファーブルだが、きちんとした

愛国心を持っているというのは、一人のフランス国民としては当然のことではある。

さて、そのファーブルを日本に紹介した大杉やその他翻訳を手伝った方々は、みな左

寄りの思想の方が多く、このファーブルの愛国心を知ったらどう思われただろうかと

いうのは知りたい所だ。我が意を得たり、まさに同様の思想信条と彼らは言うのか、

それともこの点において、まったくファーブルには同意できないと述べただろうか?

ファーブル自身は文部大臣デュリュイに厚遇されたので、ナポレオン三世に対し恩義

は感じていたはずなのだが、その評価は非常に厳しいことが分かった。

ファーブルは政治的には共和主義者であったが、強い愛国精神は持っていた。

どんな政治的信条であっても母国を愛するということは別物であるべきで、これは

至極当然な一国民として正しい考え方なのだと小生は思う。

 

(p.s.)

"閑話12ーその後" 拙ブログでコメントを頂戴しました。大変有り難いことで、

引き続き体調に気を付けてブログを続けていきたいと思っています。

ファーブルに関わる他の方のブログは検索してませんが、あまり一般に知られてい

ない内容を公開しているのは、小生くらいかもしれないとささやかな自負は持って

ます。ファーブルのよくある話の引用ばかりでは面白くないので、ファーブルマニア

としては、資料の収集に努力し、いろんな方がこれまで以上にファーブルという人間

に興味を持って頂く機会になることを願って、今後も情報を発信していこうと考えて

います。