昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

キノコの水彩画

ファーブルが描いたキノコの水彩画は非常に綺麗で、存命当時からその存在は

よく知られていた。特に絵を習ったわけではなかったが、ファーブル先生は絵の

才にも恵まれていたようだ。

1907年頃、ファーブルが困窮しているときにキノコの絵のコレクションを友人で

詩人のミストラルが購入しようとした話は有名で、美術館への展示を申し出ている。

しかし、ファーブルは絵に相当な思い入れがあったのか結局手放すことはなかった。

 

現在残っているのは614枚程度である。しかしパリの自然史博物館は2014~6年に

かけて10数枚、新たに入手しているので散逸しているものはかなりあるのだろう。

元々700枚程度あったという話があるので、本当なら100年ほどの間に80数枚が

失われたことになる。1960年に絵が再発見された際に614枚だったのかわからない。

19年前からのアルマスの改修を契機に、記念館にあるものはコピーだそうだ。

水彩画は本体のパリ自然史博物館が収蔵しておりネットでも見ることは可能である。

 

最も活発に描いていたのは1888年から91年頃で、息子のエミールはよく父親に

キノコを郵送していた。キノコは標本として保存しにくいので、絵として残すことを

ファーブルは考えたのだが、実際に美しく正確に描ける腕があったのだから当然の

成り行きだろう。早くからキノコ類に興味を持っており1850年代には既に研究を

行っている。絵は23x32cm程度の紙に描かれており、昆虫記第4巻4章によると主に

午前中の日課にしていたようだ。

 

小生もコレクターの端くれとしてずっと絵を探し続けている。

散逸したものが市場に出て来ないか待ち続けているのだが、10年位前に売りに出た

ことがあり小生はここぞとばかりに飛びついた。

たぶん気が動転していて眼も曇っていたのだろう。

届いた絵を出しては眺め、眺めては大事にしまっていたが、そのうちどうもその絵に

対する感動がもうひとつなことに気がついた。

結論から言うと、まぁ贋作だったのである。

はっきり言ってネットで買えるものはみな贋作だと思っていい、残念ながらそれほど

フェイク品ばかりなのである。

これらは最初から故意なのか、それとも誰かが模写したものが売りに出ているのかは

わからない。いずれにしても購入するには非常に注意を要する。

 

このブログを読んで下さっている方々のために小生なりの見分け方を書いておく。

ネットではわかりにくいのだが、第一に紙の質が全く違う。

ファーブル先生は長期間の保存まで考えたのか、かなり良い紙を使用しているので

100年以上経っているのだが、黄ばんだりカビや染みなどがあまり出ていない。

紙のサイズも贋作はやや大きく長径が35cmほどになっており、何と言っても絵が

上手ではない。

しかしこの絵が下手というのが曲者で、ネットで見ているとそれなりに見えてくる

のだから人間の眼はあてにならない。

特にファーブルの真作を市場で見かけるのが稀なので、こちらの気持ちが動揺する

せいもあり惑わされる要因になる。

 

ファーブルは絵の左上が多いが、描いた日付や学名など鉛筆で書きこむことがあり、

これがファーブルの筆跡と分かる人なら判別は容易である。

しかし、学名部分のみペンできれいに書かれたり鉛筆で筆跡を真似た贋作もあり、

これらは真作の学名の字によく似せているので混乱させられる原因になっている。

この字を似せているというのはやはり何かしらの意図を小生は感じざるを得ない。

 

キノコの絵の配置についてはファーブルは絶妙でセンスが良い。

どうしても贋作も真似できない部分である。

図録など見ればわかるが紙の中にキノコをうまく置いている。

一部を重ねて描いたりして、絵に立体感があるのが特徴である。

ちなみに小生が購入した贋作は事情があって返却しなかったのだが、戒めとして今も

保管している。

 

日本でも1993年に同朋舎出版からきれいな解説付きの邦訳図版が出ている。

221点の絵が厳選され掲載されているが、現在は古書でしか入手できない。

他に数年前にドイツの出版社から、ファーブルのキノコの図版が出版された。

「Jean-Henri Fabre  Pilze」でMatthes&Seitz Berlin 出版 2015年刊である。

こちらはドイツ以外からは出ていないようである。

大部な書籍で各図版は非常に美しいのだが、一番最後に掲載されている絵については

小生には真作に見えないので困っている。

この最後の絵が自然史博物館所蔵作品となると、残念ながら贋作も紛れていると

言わざるを得ない(海外発注ですが興味のある方はご覧になってみて下さい)。

その絵は小生が保管している贋作と図柄もよく似ているので、おそらく同じ人物の

作品なのだと思われる。

 

また、このドイツの図鑑には絵が885枚も掲載されている。

なぜこんなに多いのか問い合わせしているが今のところ返信は戴いていない。

そして、他の頁にもファーブルにしては稚拙で疑ってしまうような絵も掲載されて

いるので、時間のある時に全てチェックし直そうと思っている。

しかし、それ以外の点では質の良い図版が並んでおり見応えは十分な書籍である。

 

パリの自然史博物館のサイトを見ると、館が近年入手した絵の中で画像を見れない

ものがある。画像のアップが遅れているというよりは、購入はしたものの真作と

認定できていないものがあるのではないかと小生は推測している。

そうなると出版社どうこうの問題ではなく博物館の鑑定眼の話になる。

小生が以前掴まされたのも、まぁ無理はなかったのかもしれない。

 

f:id:casimirfabre:20190704111351j:plain

所蔵しているものの中から真作と思われる画像。

左上に鉛筆で学名が記入されている。

"Boletus purpureus"  var. non reticule 1891

和名なし、イグチ属(網目のない変種) 

世界きのこ大図鑑 東洋書林によると、イグチ属は現在の和名はヤマドリタケ

というらしい。森林で見つかり栽培はできず、有毒なものもあるようだ。

自然史博物館のサイト及び上述の書籍にも全く同じカットの絵はないが、

イグチ属の水彩画は何点か掲載されている。

 

原色・原寸世界きのこ大図鑑

原色・原寸世界きのこ大図鑑

 

 

完訳 ファーブル昆虫記 第4巻 上

完訳 ファーブル昆虫記 第4巻 上

 

 

ジャン・アンリ・ファーブルのきのこ―221点の水彩画と解説

ジャン・アンリ・ファーブルのきのこ―221点の水彩画と解説

 

  

南方熊楠 菌類図譜

南方熊楠 菌類図譜