昆虫学者ファーブル雑記帳

フランスの昆虫学者ファーブルに関する話題を書いていきたいと思ってます。

ファーブルの原稿を求めて

ファーブルの原稿に遭遇しなければ、もう少し楽な生活が出来たかもしれない。

少なくともずっと1台の国産車で我慢することにはならなかったはずだ。

数年前にそのボロ車がついにプスッと音をたて突然道の真ん中で

エンジンを止めた時にはファーブル先生のお顔が頭に浮かんだ。

交通量が少なくて助かったが何をどう操作してみても、

うんともすんとも言わない愛車に冷や汗をかきながら、

「あー、俺はファーブル先生のせいで死ぬかもしれない!」

「ついに資料を集めるだけで何も書かないまま終わるのか!」などなど。

結局懲りずにその後も乗っているのだが、びびってしまって

あまり遠くには出かけなくなった。

そして交通量の少ない道をやたらと選択するので無駄な遠回りが増えた。

どうしても避けられない踏切に到っては一時停止の後、冷や汗が止まらない。

ステレオやエアコンを使うなど自殺行為だと思っているので、

この暑さの中、窓を開けて走っている。

良い面があると言えば明らかに電車や自転車を利用するようになって

たぶん身体には良かったのかもしれないと考えるようにしている。

 

さて実際のファーブルの原稿は細かい文字列がやや扇状に並ぶ。

たぶん右肘がほとんど固定されたまま、かなり速く書いたのではないだろうか。

年代によって書体は少し変わるが、1870年代の頃のは普仏戦争の影響で

紙も貴重だったと思われ字は更に細かくなり行間も詰めて書いている。

 

筆跡を最初に見た時の感動が忘れられず収集するようになったが、

ファーブルが理系の先生でありながら文系にも強いというところが

そもそもこちらのハートを潜在的につかんでいる気がする。

時々見たこともない数式や図形が余白に書いてあったりするのが

たまらないし、訂正線なども綺麗でどことなく品がある。

百数十年過去にタイムスリップすればファーブルが実際この原稿に

向き合っていたのかと思うと感慨深い。

 

ただしフランス語専門の先生でもファーブルの原稿はクセ字で非常に

読みにくいとおっしゃる。ネイティヴの人であっても見せると呆れた

ゼスチャーをされ、言い回しも現代とはかなり異なっているらしい。

 

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写真の原稿は1884年博物学年報に掲載されたハチ目の性分布に関する研究の

最後のページでセリニャンの地名、日付にファーブルの正式なサインがある。

1910年頃のサインになるともっと小さく弱々しい震えたような書体になるので

また別の機会に比較してみたいと思う。